
国語力について
国語というと、現代文や古典、漢文の三種類を思い浮かべる方が多いのではないのでしょうか?今回は、特に現代文についてのお話です。
突然、なぜ現代文の話を始めるのかと思う方が多いと思います。それは、この現代文という教科が、勉強内容の理解力に大きく関係があるからです。
では、みなさん、勉強をするときに最もよく使うものは何でしょうか?
おそらく、「本」と答える方がほとんどだと思います。中では、電子書籍や辞書、インターネットなどなど、色々な答えがあると思いますが、やはり本だと思います。
それでは、その本は、どのような言葉で書かれているでしょうか?
大学の授業や研究、海外の論文など、よほどのことがない限りは、どの教科でも日本語だと思います。
そう、数学であれ、英語であれ、その説明がされている言葉は「日本語」なのです。
ここで、最初にお話しした現代文と理解力というものに話がつながります。
理解力とは、物事について理解する力ではありますが、そこで交わされる言葉は、日本であれば日本語でやりとりされます。
ですが、その日本語に対してどれほどの知識の差があるのかということで、人の話が理解できたり、できなかったりします。
同じ日本語でも、相手がその言葉の意味を正確にわからなかったり、使えなかったりするならば、それは全く知らない外国語を聞いているのと同じ状況といえます。
ここが、現代文の能力をあげることが、理解力をあげることにつながるというゆえんです。
では、どのようにすれば現代文の能力、つまるところ国語力は上がるのでしょうか?
国語力といっても、様々な内容があります。例えば、漢字や言葉の意味を知っているか、接続詞の用法を理解しているかといったような文法面の知識。一方で、文脈から相手の気持ちを読み取る力や、相手に自分の意見や思いをどれだけ正確に伝えられるかとういう、読む・書くといった力も含まれます。
だからこそ、国語力をあげるためには、「読む」と「書く」、そして「覚える」という三つが大切だといえます。
読むのは、たくさんの文章に触れて、そこから書き方や言葉を学びつつ、書き手の伝えたいことを理解できるように。
書くのは、自分の伝えたいことをどうすれば相手にうまく伝えられるのかを学ぶために。
覚えるのは、読むため、書くために必要な漢字や言葉などの知識を覚えるために必要です。
そのような背景もあり、学校でも多くの本を生徒に読むように勧めたり、読書の時間を作っているというのが現状です。
ですが、その中でもやはり圧倒的にできる人が少ないのが「書くこと」だと思います。なぜなら、第一に書くという機会が少ないため。第二に、「読む」よりも「書く」ことのほうが、難しいからです。
書くということは、自分の意見を伝えるという手段である一方、今まで獲得した知識を、自分で見極め、うまく使うことでもあります。なので、読む分には困らずに読めていた言葉や接続詞が、書くとなると出てこなかったり、上手く使えなかったりします。
文章力をあげるためには、「書く」「読む」「覚える」の三つが大切と言いましたが、もし国語力をあげたいと思う方がいらっしゃれば、この三つの中でも、特に「書く」ことを試してみたらどうかと思います。
読むだけでは分からなかったことや、書き手の気持ちなど、書くことで新しく分かることや感じることは沢山あります。
長くなりましたが、今回は国語力は様々なものに結び付いているというお話でした。